結論
4月、俺は自分で自分のスタンプを買った。 5月、友達が買ってくれた。 6月、見ず知らずの誰かが買った。
金額はどっちも¥40。変わらない。 でも「誰が買ったか」だけは、確実に変わった。
これは売上が伸びた話じゃない。 労働時間ゼロのまま、赤の他人の財布から金が動いたという話だ。
実際の数字
嘘つかずに全部出す。
- 4月:¥197(分配額)→ これは自分で購入した数字。実績としてはノーカウント
- 5月:¥40(分配額)→ 友達が購入
- 6月:¥40(分配額)→ おそらく赤の他人が購入
見ての通り、金額は5月から横ばい。 「稼げてる」と胸を張れる額じゃない。缶コーヒー2本分だ。
でも見るべきは金額じゃない。買い手の質だ。
何が変わったのか
友達が財布を開くのと、赤の他人が財布を開くのは、まったく別の現象だ。
友達が買うのは、人間関係の延長線上にある。 「作ったんだ、じゃあ買うよ」という善意が半分含まれる。
赤の他人が買うのは、そこに善意はない。 スタンプそのものに¥40の価値を感じたから、財布を開いた。それだけだ。
つまり6月に起きたのは、俺という人間を知らない人間が、俺の作った物に金を払ったという現象。 これは友達の¥40とは、重みがまったく違う。
「時間切り売り脳」からの脱却という視点で見る
俺はずっと介護の現場で、時間を切り売りして生きてきた。 30年、体と時間を使って対価をもらう働き方だ。それ自体は否定しない。今も現役でやっている。
でもスタンプは違う。 作ったのは去年か一昨年。作業した時間はもうとっくに終わっている。 それなのに、6月にも金が動いた。俺は何もしていない。
これが「時間を切り売りしない」という状態の、一番小さくて分かりやすいモデルだ。
- 労働時間:ゼロ
- 発生した収益:¥40
- しかし買ったのは赤の他人
規模はしょぼい。笑っていい。俺も笑ってる。 でも構造としては、印税やNISAの配当と同じ種類のものが、ここにも生まれている。
正直に言っておく
これで食えるとか、そういう話は一切していない。 月¥40だ。自販機のジュース一本にも届かない。
大事なのは金額じゃなく、「知人の外側に価値が届いた」という事実が、確かに存在したということ。 これがゼロから1になった瞬間の記録として、ここに残しておく。
副業だ資産形成だと語る記事の裏側には、だいたいこのレベルの小さい数字が転がっている。 それを大きく見せずに、そのまま出す。これがこのブログのスタンスだ。
ちなみに
今回話題にしたスタンプはこちらです。良ければ覗いてみてください。
見つけてくれた人、本当にありがとうございます。
より詳しい資産形成の話はこちらからどうぞ。

コメント